
少し前に行った淀の河津桜での一枚。橋の上に満開の桜の木が一本、そして橋の下の水路の向こうにも桜が水路に映り込みながら咲いている。なんとか両方同時に収められないかな、と水路の柵の隙間からスマホをちょっぴり出してなんとか両方収めた一枚。
こういう隙間からスマホを出して撮る技は、薄い板であるスマホならでは。レンズ交換式カメラはもちろん、コンパクトデジカメでも GR くらい小さく薄いなら行ける場合もあるかも?程度であり、「スマホだから撮れる」一例だと思う。もちろん、空港のフェンスのようにタッチ厳禁のフェンスの隙間を通すなんてことは論外だが。
スマホの登場、そしてスマホカメラの画質向上や複数カメラ化で、コンパクトデジカメも、日常/旅カメラ的な小型軽量なサブカメラも1年前に手放してしまって、普段撮りはスマホカメラだけにしてスッキリしているのだけれども、とはいえスマホカメラの画質に満足しているわけではない。
ちょい撮りでは全く問題ないのだけど、先日行った城南宮の枝垂れ梅・花びら絨毯と落ち椿のような光景や、淀の河津桜の見事な咲きようを撮るには、やっぱり厳しい。全く話にならない、というわけではなく今どきのスマホなら記録写真としてはアリだと思うが(それこそ、写るんです的な)、アップ(等倍表示)に耐えられるかというと難しい。
以前も書いたように、細密な部分のある風景的なものを iPhone で撮る場合、ファイルサイズ一定に圧縮する HEIF / JPEG だとかなり画質が酷いことになるので、RAW (DNG) 撮影一択である。梅や桜を撮っているとファイルサイズは 1枚 100MB を軽く超えてくるので、スマホのストレージは圧迫するけれど画質には代えられない。
ただ、いくら RAW で撮ってもスマホの薄さに詰め込んだレンズの解像能力の低さは如何ともし難いから、撮影後の写真を見てると「やっぱり厳しいよなあ」と毎回思う。レンズ交換式カメラでもそうだけど、画質に関してはボディ側の性能よりまずレンズだからねえ。
小さなセンサーによるダイナミックレンジの狭さとかは RAW で撮っても強制的にかかる内部処理 HDR とかで多少ごまかしがあったりして、スマホという厳しい制約の中で頑張ってる感はあるけど、光学=物理法則に支配されるレンズだけは何かしらブレイクスルーがない限り厳しいままなのは致し方ない。

なので、こういう景色に見る時のためにまた小型軽量なレンズ交換式カメラを買って……と思うことは一瞬思わなくはないのだけど、
ということを思い出し、画質には目を瞑ってスマホで軽く撮る程度で我慢がまがまである。それが今の自分にとってはベター。
それに、こういう風景を細密にしっかり描き切って等倍表示でも文句ない描写をするレンズとなると、それなりのものが必要なのは過去の経験で判っている(少なくとも松竹梅の竹レンズ以上は必要だろう)。というか、やってきた自分がいる。
ただ、そこまでお金かけて重いレンズその他機材を持って頑張って撮って、その結果画質には満足しても、自分にとってはもう「ただ綺麗なモノが撮れただけ」でしかないので、やっぱりいいや、となる。
「綺麗なモノが撮れた」「思うような写真が撮れた」という自己満足より、マッタリと雰囲気を味わい、目で見て楽しんで、容量が減ってきた記憶に残しておくことに重きを置くようになったから仕方ない。
(まだ使っている重量級カメラシステムは、スマホや小型軽量なカメラでは撮れないモノを撮っているから、仕方なく使っているだけである。何も好んで一番重く高いカメラやレンズを買いたいわけではない)
そういう意味では「すっごくカメラ画質の良いスマホ」なんてのが出てくればいいのだが、かといって過去にあったような大きなレンズ部がスマホボディから突き出ているようなスマホを使いたいとは思わない。矛盾した話である。
今なら Leica 協業の Xiaomi のハイエンドスマホが魅力的だが、あれでも背面のレンズ部が目立ちすぎてちょっとなぁ……であるから(自分が慣れても周囲の他人は慣れない)、やっぱり画質に目をつぶってフツーのスマホ、スマホカメラで行くしかない、といつもの結論に戻る、である。
ちょい撮りでは全く問題ないのだけど、先日行った城南宮の枝垂れ梅・花びら絨毯と落ち椿のような光景や、淀の河津桜の見事な咲きようを撮るには、やっぱり厳しい。全く話にならない、というわけではなく今どきのスマホなら記録写真としてはアリだと思うが(それこそ、写るんです的な)、アップ(等倍表示)に耐えられるかというと難しい。
以前も書いたように、細密な部分のある風景的なものを iPhone で撮る場合、ファイルサイズ一定に圧縮する HEIF / JPEG だとかなり画質が酷いことになるので、RAW (DNG) 撮影一択である。梅や桜を撮っているとファイルサイズは 1枚 100MB を軽く超えてくるので、スマホのストレージは圧迫するけれど画質には代えられない。
ただ、いくら RAW で撮ってもスマホの薄さに詰め込んだレンズの解像能力の低さは如何ともし難いから、撮影後の写真を見てると「やっぱり厳しいよなあ」と毎回思う。レンズ交換式カメラでもそうだけど、画質に関してはボディ側の性能よりまずレンズだからねえ。
小さなセンサーによるダイナミックレンジの狭さとかは RAW で撮っても強制的にかかる内部処理 HDR とかで多少ごまかしがあったりして、スマホという厳しい制約の中で頑張ってる感はあるけど、光学=物理法則に支配されるレンズだけは何かしらブレイクスルーがない限り厳しいままなのは致し方ない。

なので、こういう景色に見る時のためにまた小型軽量なレンズ交換式カメラを買って……と思うことは一瞬思わなくはないのだけど、
そもそも「綺麗な景色を観に行く/散歩しに行ってるはずが、写真を撮ることばかりに意識が行ってしまう」のが嫌で、普段使いカメラを手放してスッキリしたのに、カメラを手にしたらまた同じことの繰り返しだよな
ということを思い出し、画質には目を瞑ってスマホで軽く撮る程度で我慢がまがまである。それが今の自分にとってはベター。
それに、こういう風景を細密にしっかり描き切って等倍表示でも文句ない描写をするレンズとなると、それなりのものが必要なのは過去の経験で判っている(少なくとも松竹梅の竹レンズ以上は必要だろう)。というか、やってきた自分がいる。
ただ、そこまでお金かけて重いレンズその他機材を持って頑張って撮って、その結果画質には満足しても、自分にとってはもう「ただ綺麗なモノが撮れただけ」でしかないので、やっぱりいいや、となる。
「綺麗なモノが撮れた」「思うような写真が撮れた」という自己満足より、マッタリと雰囲気を味わい、目で見て楽しんで、容量が減ってきた記憶に残しておくことに重きを置くようになったから仕方ない。
(まだ使っている重量級カメラシステムは、スマホや小型軽量なカメラでは撮れないモノを撮っているから、仕方なく使っているだけである。何も好んで一番重く高いカメラやレンズを買いたいわけではない)
そういう意味では「すっごくカメラ画質の良いスマホ」なんてのが出てくればいいのだが、かといって過去にあったような大きなレンズ部がスマホボディから突き出ているようなスマホを使いたいとは思わない。矛盾した話である。
今なら Leica 協業の Xiaomi のハイエンドスマホが魅力的だが、あれでも背面のレンズ部が目立ちすぎてちょっとなぁ……であるから(自分が慣れても周囲の他人は慣れない)、やっぱり画質に目をつぶってフツーのスマホ、スマホカメラで行くしかない、といつもの結論に戻る、である。
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