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前節2ゴールの倉田秋選手がガンバ大阪の背番号10を付けて、早や9年目。

ガンバ大阪の背番号10、と言えば、オッサンオバハン以上の中高年サポーターには
フタさん、二川孝広(元選手、現ティアモ枚方監督)という印象は未だ強いが、
こうやって年齢を重ねても長く活躍していることで
「ガンバ大阪の背番号10と言えば倉田秋」
という印象に徐々に置き換わってる人も多いだろうと思う。

ま、若い人やファンになったのが新しめの人にとっては、二川?誰それ?だろうし、
彼を知っていても遥かに倉田選手の印象が強いだろうが、
如何せん、ガンバ大阪全盛期に14年間フタさんの10番を見続けていた身としては
倉田選手がその番号に見合う活躍、存在感を示しても、そう簡単に
「ガンバ大阪の背番号10=倉田秋」
になりきれなかったが、もうフタさんに勝るとも劣らない印象はついてきた。
個人的にはそんな気がする。

ガンバ大阪において7番や5番ほどに重い番号ではないかもしれないが、
初期に外国人選手が入れ替わり付けていた頃を除いては、
14年間フタさん、9年以上倉田選手、というガンバ大阪の歴史に名を残す選手が
長く付け続けた番号となるわけで、次代は誰になるのか、それも楽しみではある。

と書いていて思い出したのだけど、以前若いサポさんと話していて、
「むかしは選手と背番号は固定じゃなかったんだよ」
と言ったら驚かれたことがある。

レギュラー陣はある程度固定化はしていたけれど、完全に固定番号になったのは
Jリーグが始まって5年くらい経った後、エンボマがいた時、と記憶している。
そんな話も完全にジジイの戯言だね。


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ちなみに GK 番号である 1番と大きな数字番号を除いては、
4番と7番が過去背負った選手の人数が少なかった(5人)はず。
7番は言うまでもないけれど、4番も初期の頃からサネさん(實好礼忠氏)の番号で、
そのあと高木和道現コーチを経て、ハル(藤春廣輝)の時代も長かったからねえ。

ただ最近は物忘れが激しくて、20世紀の頃の記憶はどんどん忘却の彼方へ……
まぁどうにも糞弱時代で思い出したくないことも多かったから仕方ないね。