昨日はジャンボジェットことボーイング747の伊丹イベントに始発に乗って駆けつけ、夜明け前から夜まで空港周辺で、最後のジャンボ@伊丹の姿を見納め、撮り納めた。

1,500枚以上撮った拙い写真の整理はこれからだが、楽しかった昨日一日の感想は適当にピックアップした写真とともに昨日、写真日記に載せておいた。日記は敢えてテンション高いうちに書いておかないとね(^^;)

冬だけど、伊丹空港の一番熱い日 : a photo in the life

写真に関しては反省することがまたも多い一日で、単純な技巧的なことより「伊丹空港で撮る意味」を判っていたはずなのに実践できなかったり、唯一日の機会において、それゆえに自分を信じきれずに日和ってセーフティになりすぎたり…。本当の自信というものは、まだまだ自分にないことを自覚させられました。

ただ、そういった自分に対する反省とは別に、久しぶりに早朝から夜まで一眼レフで撮影しまくって、改めて一眼レフの良さを実感する一日でもありましたし、

どれだけ気に入っても、使用頻度が多くなっても
未だミラーレス機を心の底から信頼できないカメラになり得ていない


その原因がどこにあったのか、ということが自覚できた日でもありました。

ミラーレス機の動体に対する撮影能力の問題(AF や EVF)は当然ありますが、そのことは別にしても、

機械としての信頼感の差


を感じるわけです。

「レンズ交換式」カメラとしては一眼レフもミラーレス機も同じではありますが、

ミラーレス機は未だコンパクトデジカメの延長線上なのかな…


と。それが良いとか悪いとかではなく。


個人的にミラーレス機を毛嫌いしたり、下に見るようなことは全くありません。それどころか、初のミラーレス機である DMC-G1 を発売直後に買い、初のコンパクトスタイルのミラーレス機 E-P1 を予約買いするなど、ミラーレス黎明期からずっと期待を持って色々と買い続けてきています。

どんどん進化していくことを期待していなければ、こんなにアレコレ買い替えてこなかったでしょうし、2013年になって、少なくとも画質という点においてはミラーレス機が一眼レフに見劣りする場面は殆どなくなりつつあると言っても良いのではないかと思います。

付加機能の点では元々一眼レフよりミラーレス機の方が先行していましたから(コンパクトデジカメの延長線上であることの利点)、画質・機能といった点でミラーレス機が一眼レフに劣ることはなくなってきたでしょう。

それでいて、概ね小型軽量ですから携行にも楽ですし、同じ重さならより多くのレンズ・機材を持って行ける利便性もあります。

そう思えば小型軽量を良しとする日本で流行らないわけがないですし、少なくとも国内ではいずれミラーレス機が一眼レフを大きく上回っていくのも当然の流れであることは、私も同意します。

(欧米でも小型軽量なミラーレス機が一眼レフを大きく上回っていく、という主張には、ノートパソコンの例を鑑みるにいささか懐疑的です)

ただ、DMC-G1 を使い始めた時に、将来は一眼レフを置き換えられるようになるミラーレス機が出てくるかな、超えるミラーレス機が出てきたら良いなぁ…と感じていた私は、もういません。

どれだけミラーレス機が良くなっても、一眼レフを超えられない一線というのはある、結局別物なのだろうな、と。黎明期から使い続けて、今はそう思っています。

Itami Airport 2014.1.10 (4) ANA's B767-300 / JA8674


私自身、いまは普段使いから多くの撮影機会では殆ど富士フイルムのミラーレス機 X-E2 で撮っていますし、それで十分だと思っています。少なくとも、手持ちの一眼レフより画質は良いし、小型軽量だし、動体以外は撮影に困ることも、ストレスを感じることもありません。

けれど、時々デジタル一眼レフに持ち替えて使うと、やっぱり楽なんですよねぇ。重くてデカいのは大変なことも多いし、車以外では移動だけでも疲労度は違うし、重いレンズを付ければ腕も疲れる。

でも撮っている時は楽。眼と脳と指が直結する感覚もある。

そして EVF は、やはり眼が疲れる。いくら視度を合わせても、スナップ程度であっても一日撮っていると、頑張って撮ったら頑張った分だけ、仕事でコンピューターとにらめっこしたのに近い疲れがある。体力的な疲れとは、ちと違う。

光学ファインダーは楽。拡大も増感も何もできないけれど、楽。動きモノを丸一日撮っても EVF を見続けていたような疲れはない。視覚が疲れないから、反応もできる。少なくとも反応しようとする。

ミラーがなく EVF であり、多くが電子化されていることで小型軽量に繋がっているのだから無いものねだりだけれど、やはり機械として根本的に違う。

レンズは交換できるけど、時にレンズを流用できるし、写真を撮る機械というのは同じだけれど、やはりこれは別物なんじゃないか。ミラーレス機が一眼レフと変わらないポテンシャルを持つにつれ、余計にそういう思いが強くなっています。

それだけに、ミラーレス機しか作れない、作らないことにしたメーカーがとかく言いがちな「一眼レフを超える」という言葉に、大きな違和感を感じます。

ミラーレス専業メーカーはそう言わざるを得ないのでしょうが、そう言ってることが自ら一眼レフを上に置いていることの証左でもありますから、その意識から脱却した時がミラーレス機としても次のステップなのじゃないかなぁ…なんて思ったりもします。

Hatsumoude - the first visit of the year to a Shinto shrine (8)


昨日は一眼レフだけでなく富士フイルムのミラーレス機も一応カバンの片隅に入れていて、主目的の被写体(ジャンボ)がいない時の暇なタイミングで遊び撮影をしていたのですが、現在持ってる他機種、過去に使ってきた機種を思っても、

ミラーレス機のチャチな感じ、機械として信用しきれる感じがない


というのは、いつになったら変わっていくのだろう?と思います。

レンズ交換式なんだけど、どこかカメラという機械の造りが一眼レフの側にはなく、コンパクトデジカメの延長線上にあるという印象が未だ変わってないように思うのです。どこのメーカーも。

E-M1 という(比較的)ゴツいながらも持った瞬間に「これは悪くないな」と思わせるボディのミラーレス機が登場し、今後は変わっていくのだろうと思いますが、例えば3年経っても4年経っても、コイツが信用できる!というミラーレス機が従来なかったように思います。

デジタル一眼レフを意識するがゆえの「ミラーレス機=小型軽量」という図式によって省略されていた、軽視されていたものが、今後のミラーレス機にも出てくるのかなぁ…と思うところです。

機械としての信頼性は、新製品が出たからといって獲得できるものではなく、時間とともに使われ行く人の積み重ねでしか獲得できませんから、E-M1 も含めて今後明らかになっていくことでしょう。

デジタルカメラでも EOS 1D 系や一桁機、D一桁、三桁機を持つユーザーは長く使っている、使えていることが多いように思いますし、そこには単純な画質や機能だけじゃない信頼、信用もあると思います。

ミラーレス機が小型軽量というだけではないボディを目指すのでなければ、また中級クラスの価格を持つボディを出すのであれば、中級/上位一眼レフの持つ機械に対する信頼感を感じさせるものにして欲しいな、と思います。

オーバーホールに出しつつ何年も使える、何年使っていても最新鋭機に見劣りしすぎない、何年使っていても

「コイツと撮ってダメなら仕方ない」

そう思えるミラーレス機ボディ(とレンズ)が今後出てきたら良いなぁ、と思いますし、現時点ではやっぱりデジタル一眼レフへの信頼は私にとって強いものだったと感じる昨日でした。

Expo '70 Park 2014.1.7 (8) the shadow of tall trees


などと、昨日感じていたことを書き留めるべく戯れ言を書いてみたわけですが、つくづく

ジジイ的な戯れ言を感じるように、言うようになったか〜(;´Д`)


と思いますね。フィルムとデジタルの変遷の時と同じ。あの時はデジタル側にいたはずなんですけど(^^;)

既に近所のカフェに表れるタブレットネイティブ世代の画面タイピング技術の凄さを時々見るにつれ、「タブレット端末で文章書いていくのに、ハードウェアキーボードがないと厳しい、無理」などと言ってる時点でジジイであることを感じていますけどね…


ただ、レンズ交換式であり、レンズという存在があるとは言え、ミラーレス機が一眼レフより遙かに電子機器の塊になっていることを考えると、メーカーにとっても将来が果たしてバラ色なのかどうか、決して楽観できない部分もあると思ってます。

まぁそれ以前に、市場的にもデジタルカメラメーカーがこのままの数で10年20年生き残っていけるのか?という根本的な問題はありますが…。メーカーはカメラファンではなく株主の方に説明責任があるわけですからねぇ。


Canon デジタル一眼レフカメラ EOS70D
Canon デジタル一眼レフカメラ EOS70D

(早朝のジャンボ撮影直後からスマホ転送で SNS に投稿してるのを見ると一眼でもWi-Fiが欲しくなりますね…)