10日ほど前に、グインサーガ本編(正伝)の 129巻目が刊行された。著者、栗本薫氏はこの後の130巻執筆中に病状が悪化し、そのまま亡くなられたので、これが事実上の最終巻。



と思ったら、執筆していたところまでを収録した 130巻を12月に刊行するらしい。

とはいえ、130巻の内容がどれだかあるかは不明だから、この129巻が事実上の最終巻とも言える(後書きは前巻128巻同様にない)。外伝も合わせてちょうど 150巻、初巻刊行(1979年9月)からちょうど30年。グインサーガも、これで終わりである。

どこまでも中途半端で終わり。
投げっぱなしジャーマンで終わり。
広げた風呂敷を一切畳もうとしないまま終わり。
あちこちに伏線を張り巡らしたのも、ほとんど回収せずに終わり。
100巻完結を目指すと宣言し、長年期待させるも完全スルーで終わり。
良質のファンタジーだったのが、作者の自己満足小説に成り下がって終わり。

既に覚悟はしていたが、本当に後味の良くない終わりである。死者に鞭を打たないのが日本人の美徳かも知れないけれど、20年以上読者であり続け、色々な意味で裏切られつつも最後まで付き合っていたのだから、死者に対してであっても愚痴の一つや二つ言わせてもらっても罰は当たるまい。

なにせ、生きている時には劣化&迷走具合に文句を言う読者に対して「500円読者が…」と毒づいた著者であるし、そんあ著者の本を、劣化しまくった小説を、最後まで買い続けて読み続けた俺は、ある意味ダメ人間だな、って思う。まともな人間なら、とっくに読むのを止めているだろう。

グインサーガを読み始めたのは、確か二十数年前。刊行巻数は二十数巻だった時だったはず。それまでSFは読んでもファンタジーを読むことはなかった私だったが、長編小説、大河小説が大好きだったから、その巻数と 100巻完結の意気込みに感じて読み始めたのは覚えている。

今で言うところのラノベ(ライトノベル)を初めて読んだのが、このシリーズと言っても良いだろう。グインサーガをラノベと言ったら、著者があの世から怒りの鉄槌を送ってきそうし、出版社もそう思ってないだろうが、実際はラノベと変わらない。特にここ10年の内容と文章は、ラノベとしてもどうかというレベルだ。

もっとも、最後の最後の、死の淵までグインサーガを書き続けたという、その小説家魂にだけは敬意を表する。ただ、如何せん遅すぎたし、栗本薫という人は結局最後までこの物語を完結させる気があったのか?と思わざるを得ない。

ホント、どうするんだよ、この物語を…という感じである。100巻完結どころか 129巻に至って、未だ折り返し点にも来てる気配がない。

100巻完結なんてのは、とっくの昔に(50巻に至るまでに)誰もが諦めていたと思うが、2年前の2度目の癌手術、それも予後が良くないことが多い膵臓癌の後でも、主人公グインを2度目(正確には3度目)の記憶喪失に陥らせてしまい、この期に及んで物語のちゃぶ台返しとは…と、唖然とするばかりだった。

少なくとも本筋に関して言えば、アモン編が終わった時(92巻 2003年10月刊行)から今までほとんど進んでいない。むしろ 100巻前後になってもなお、伏線を張り巡らせるだけ張り巡らしていたという印象が強い。

アモン編の最後でグインを記憶喪失させてからは、ノスフェラスの冒険をさせるという、まるで初巻に戻ったかのような話になり、118巻(2007年12月刊行)でパロに戻るまでの二十数巻は、いくつか今後のポイントになることはあったのにしても、外伝でやるような内容でダラダラしまくり、毎巻毎巻ガッカリ気分で読んでいた気がする。

そして作者2度目の癌出術、それも膵臓癌と知って、未完のまま終わることをいよいよ覚悟したけれど、そこからなお再開するパワーは凄いと思いつつ、グイン2度目の記憶喪失でちゃぶ台返しされ、昨年2月刊行の119巻からは新たな話(ヤガ編というべきもの)に入り、もうどうにでもなあれ(AA略)な感じだった。

ただ、ここ数巻は近年稀に見る進行の速さで、特に今巻 129巻ではヤガ編の種明かし的なことが語られ、(ある意味予想通り?)ヤンダルゾックの名前が久しぶりに出てきた。「いや〜、ご無沙汰でした、ヤンダル君」って感じ。たぶん外伝15巻以来だから、調べたら11年ぶりですよ。

そんな今巻の話の進行速度は、もしかすると死期を悟ったのかなぁ…なんて感じたものの、結局はヤガ編がようやく佳境に突入というところで、病没。

ホント、どうしてくれるんだよ、この思い。と言っても、読者を“500円読者”と揶揄していた人間に、そんなことを思いやる余地など有りはしなかっただろうけど…

なにせ、70巻台半ばから90巻頃までのナリス死亡前後における、作者のオナニー小説具合ったら酷いものがあった。よく読むのを止めなかったと思う。あのあたりで読むのを断念した人は少なくないはずだ。作者のナリス(作者が作った登場人物だぜ)への思いのたけが1巻丸ごと、ってこともあったしね。異常だった。

おかげで、「今巻は作者のオナニー度合いが酷い」と思ったら、思い切り読み飛ばして時間の節約をするコツは掴めた。50ページくらい読み飛ばしても劇中時間が5分も進んでない、ってことは珍しくなかったしね。

最近だと 121〜122巻や126巻あたりでも、登場人物の独白(概ね物語の進行に関係なく、何度も過去に振り返った思い出話の更なる繰り返しなど)が延々と続くことはあったから、そういう巻の時は、1巻読み終えるのが早いこと早いこと。って、何で買ってるんだろうね?と我ながら思ってた。

いずれにせよ、「ランドックを求めて」のランドックを明かされることもなく、「ラゴンの反乱」の原因も判らず、「ノスフェラスの彼方」に何があるのかも判らず、そして最大の関心事である「豹頭王の花嫁」が誰なのかも判らず…(ここの「」内にあるのは、作者が完結までに予告した巻タイトルであり、最終巻のタイトルが「豹頭王の花嫁」とされていた)

伏線が回収されているとすれば、二十数年前に刊行された外伝1巻「七人の魔道師」の内容に 127巻に至ってようやく辿り着いたということくらい。正直これにすら辿り着けるが疑問だったけど、なんとか間際に辿り着いたことは辿り着いた(細かい矛盾はこの際目をつぶる)。

しかし、それだけだろう。劇中で何度も“世の中のターニングポイントになる”と予告された「北の豹と南の鷹の邂逅」はついに日の目を見ることはなかった。そこでようやく物語は折り返し、終わりへと向かっていくはずだっただろうに…

ただ、作者が生き続けていたとしても、そのターニングポイントまでは今からどれほどの巻数がかかっただろうかは判らない。ヤガ編だけでも今巻でまたややこしい展開になってるから、5巻やそこらで終わる気配はないし、きっと20巻30巻重ねてようやく、そのターニングポイントだったろう。

つまりは作者が癌に冒されていなかったとしても、物語が終わる前に普通に寿命を終えていた可能性は強いし、だいたい俺自身の寿命も判らなかっただろう(作者よりはずっと若いにしても、だ)。

冷静に考えれば考えるほど、この物語は終わらなかったと思うしかない。栗本薫氏の壮大な釣りに引っかかっただけだったと思うしかない。だから、これは全部愚痴だ。

とりあえず願うのは、今後プロットを元に誰かが引き継ぐなんて最悪な展開だけは止めて欲しいということだが、加えて、プロットなんてものが少しでも残っているなら、それを公開して欲しいと言うことだ。

行き当たりばったり感満載のグインサーガにどれだけまともなプロットがあるかは判らないが、きっと「豹頭王の花嫁」が誰かということくらいは残ってるはずだろう。

長年の読者には、それを知る権利くらいはあると思う。