「コンピューター、ソフトなければ、ただの箱」 パソコンという言葉がなかった更に昔、ハードウェアが主でソフトウェアが従であった時代から、そう言われていた。翻って現在。完全に主役はソフトウェアとなって、多くのハードウェアはソフトウェアの入れ物になりつつある。

それでもハードウェアとソフトウェアは、コンピューターの両輪である。目的をこなすために使用するソフトウェアと、それを動かすためのハードウェア。時にそれがアンバランスになりながらも、時にベストバランスなデバイスを生むことがある。

昨年来のネットブック・ブームにしても、単にネットブックが低価格というだけでなく、低価格でありながらもネット利用やそこそこのオフィス利用をこなすのに十分な性能が提供されていたことに尽きる。枯れた、今となっては比較的軽い Windows XP という OS と、その Windows XP やブラウザ、オフィスソフトを動かすのに必要十分なハードウェア性能。

それらのバランスが非常に良く整えられたのが、昨年の Asustek EeePC 901-X、MSI Wind Notebook 以降の(いわゆる第2世代)ネットブックであり、だからこそ広く売れることになったのだろうと思っている。

物理的な制約上、ソフトウェアが要求する性能にハードウェアが追いつかないという状況がしばしば発生したノートパソコンだが、時にベストバランス、利用形態を考えるとベストに近い製品が誕生し、それらは名機と呼ばれてきたし、名機を多く生み出すことのできる土壌が整った時代が存在した。

反面、ノートパソコンより遙かに制約が多かった PDA(携帯情報端末)、その現代版のスマートフォンの歴史は、ノートパソコン以上にソフトウェアが要求するものにハードウェアが追いつくことが難しかった歴史でもある。

PDA の祖である Newton は MacExpo/Tokyo(とその後のオフ会)でしか使ってみたことがなかったが、快適にサクサク使えるというものでなかったことは覚えている。2代目 Palm、Palm Professional(で良かったっけな?)を使っていたが(今も持ってるけど)、当時でもやや大柄で無骨なサイズで、動作も実用にはなるけどキビキビという感じではなかった記憶がある。

自分にとって本当の「携帯」情報端末になったのは、Palm V だった(某HF氏から譲ってもらったものだ)。今見ても小さくスリムで格好良いデザインで、キビキビと動くほどではなかったものの(特に日本語を扱うと)、胸ポケットでも尻ポケットでも楽に入るサイズで、実用的に情報を携帯できるデバイスだった。個人的には、今なお愛すべき存在だ。

その後 Palm は進化し、Visor や CLIE という派生系も登場し、カラー化、多機能化への道を進んでいき、私もいくつかを手にした。方や MS-DOS ベースのモバイルギアに始まって、Windows CE ベースのデバイスも初代 iPAQ から各種モバイルギアなど、いくつも手にして、いくつかはそれなりの愛着は持ったものの、Palm V ほどの携帯性と実用性を兼ね備えたものにはならなかった。

それがようやく変化したのは、初代 iPod touch を手にした時だった。

現地の製品発表直後、午前4時に Apple Store のオンラインショップに突撃して予約したものの、「別にビデオなんて見ないしなぁ…」ということで一度は予約をキャンセルしたのだが、結局発売直後に入手、そして自分にとっては、ようやく Palm V 以来の“携帯情報端末”になり得るものと感じ、iPhone 3GS 購入まで、そして今でもサブ機として愛用している。

ただ、長年の月日は PDA が昔の PDA でなくなり、情報端末はネット端末としての素養を要求される。その中で初代 iPod touch、ひいては iPhone 3G は、いささかハードウェア能力が不足気味だった。

単純に iPod +αとして使うだけなら十分でも、ネット端末として Safari であちこちウェブサーフしたり、アプリが配布されて色々とできるようになってくると、(安定性も含めて)もう少し足りない…そう思うことは少なくなかった。

昨年 iPhone 3G を購入するのに踏み切れなかったのも、ソフトバンクは…という思いだけでなく、そういった面と価格・維持コストとのバランスが微妙に感じていたからでもあった。

しかし、iPhone 3GS は違った。手にして実際に使ってみて、すぐに感じられるものがあった。

ソフトウェアにハードウェア性能が追いついた!


追いつき、そしてやや追い越して余裕があるのが iPhone 3GS。それゆえに、使い心地が段違いに違う。単純なスペック比較では計り知れないほどに違った。

iPod touch も iPhone 3GS に先んじて OS 3.0 にアップデートしていたから、できることは(ハードウェアにおける違いを別にすれば)同じなのだが、

同じことができることと、ストレスなくできることの大きな差


を、これほど感じたことは何時以来だろうか?と思うくらいの体験だ。そして2週間使ってきて実感することは、

極めて安定して、安心して使えるデバイスになった


ということ。Safari が全く落ちなくなったわけじゃないが、iPod touch / iPhone 3G 世代に比べれば圧倒的に安定していて、何の不安もなく使える。だからこそ、ようやく、モバイルデバイス好きや新しい物好きじゃない普通の人にも、興味があれば勧められるものになった。

もちろん、iPhone 3GS および iPhone OS 3.0 に欠点がないわけじゃない。ないわけじゃないけれど、ハードウェアとソフトウェアのベストバランスによる使い心地の良さが、それらの欠点を些末に感じさせてくれる。

今後、iPhone OS は更に進化して多機能化していくだろう。ハードウェアの性能も上がるだろうが、このベストバランスが続くかどうかは判らない。過去にベストバランスなデバイスがモデルチェンジして、そうでなくなった事例は少なくない。だからこそ、

今の iPhone 3GS における
ハードウェアとソフトウェアのベストバランスを心から歓迎したい


Palm V から長い月日が経って、ようやく Palm V と並ぶだけの愛着を得られそうなデバイスを手にすることができたと思う。Palm V よりちょっと大きいけれど、できること、得られることは遙かに広い。

そして、初代 Dynabook からノートパソコンが常に傍らにないと不安だった私にとって

初めてノートパソコンから一部の役割を委譲できる携帯デバイス


になった。初代 iPod touch / iPhone 3G の処理能力では、ブラウジングするのにも多少の我慢を強いられていた。特定のサイトならともかく、一般のパソコン用ウェブサイトを見て回るのには(Safari の不安定性も含めて)ストレスが溜まり、ノートパソコンが使えるならノートパソコンを使いたいと思っていたし、実際そうしてきた。

けれど、iPhone 3GS のハードウェア性能と iPhone OS 3.0 のソフトウェアの成熟度は、

長文タイピングしないのなら VAIO type P すら要らないかな…


と感じさせるものだった。実際、先日の北海道行きでは結局 VAIO type P を使うことは一度もなかった。今までの私には有り得ないことだった。

無論、まともなタイピングができるのに持ち歩くのが苦にならないノートパソコンである VAIO type P は、今後も自分が出かける際には常に共にあるだろう。タイピングを含む何かを創る作業をするには iPhone 3GS は荷が重いし、iPhone 3GS はそういうデバイスではない。この記事も出先の合間に type P で書いているわけだしね…

けれど、iPhone 3GS の使い勝手の良さが、ここまで影響を及ぼすとは全く予想してなかった。それほどまでに iPhone 3GS は馴染む。携帯情報端末として、情報の受けに関してはもう iPhone 3GS で十分になったし、情報の作成もかなりの部分がこなせる。

もちろん、これらのことは私における経験と実感であるが、私が背中を押して iPhone 3GS を購入することになった人(現在3名)も、少なからずそういう傾向にあるようだ。各自の中でのノートパソコンの比重がグッと下がった、と。

iPhone OS 3.0 というソフトウェアが提供する世界を、快適に使えるようにした iPhone 3GS のハードウェア性能。まさにベストバランス。本当に手にして良かったと思える2週間だった。

PC-NJ70A with iPhone 3GS