北京五輪も終わったわけで、まぁさほど熱心に見たわけじゃないし、熱心に見てる余裕もなかったけれど、とにかく強く感じたのは、

試合が始まる前に負けていた競技が多すぎる


ということ。男子サッカーや野球などは、その最たるものだろう。選考の時点、準備の時点で終わってる。また、マラソンはさらに顕著だ。出場選手が欠場、棄権しまくり。事前情報も得てなければ、補欠すら用意していない。やる気あるんか?という感じだ。何のために協会が存在し、選手を縛って統括しているのか。存在意義すら問われる。

男子サッカーは打つ手が遅すぎて、結局せっかくのオーバーエージ枠を使わない(使えない)という、本当に勝つ気があると誰にも感じさせないやり方。怪我を理由に O.A 枠への供出を拒否し、そのくせJリーグの試合には出場させるという非協力的な糞クラブもあったが、選考課程でサッカー協会のダメさ加減が浮き彫りになったともいえる。今期パッとしない選手にこだわり続けた選手選考も疑問に感じたし、男子サッカーは最低最悪の過程を経て、最低最悪の結果で終わったのは当然以外の何物でもない。

同じことは野球にも言える。こちらは、浪花節(情)的なやり方も大いに疑問だ。ケガ人、不調選手が多かったとはいえ、選手選考であれだけ浪花節を見せて勝てるほど甘くないだろうに。あれで勝てば、そりゃ大円団で良かったかもしれないが、ドラマじゃあるまいし、結果は完全に妥当な4位。上位3チームとは明らかな力の差があった。

あちこちで星野叩きがなされているけれど、まぁそれも当然と言えるだろう。采配も本当に疑問ばかりだったし、日本のプロ野球とストライクゾーンが違うだの何だの言われてるが、そんなものは最初から判っていたことで、どのチームも同じ。日本だけが違うなら、それは日本のプロ野球が異質なことを示しているだけだ。柔道と一緒で、日本は違うから、を言い訳にしていれば世界から切り離されるばかり。

私は小学校低学年の頃を名古屋で過ごしたことがあって、その頃ちょうど中日のエースが星野だった。そして私はドラキチだった。たぶん、一番野球を熱心に応援していただろう。中学以降はさほど熱心でもなかったし、その後はサッカーの方に興味は移っていたから、ある意味あの頃の中日には思い入れがある(別に今は全然ない)。

だから、ある程度星野は好きだったし(阪神の監督時代までは好きだったが、その後の上目線での評論や世の中からの持ち上げられ過ぎはちょっと…という感じはある)、疑問に思う采配に対してこっぴどく叩く気までにはなれない。

それでもやはり責任の多くは星野にあるし、負けた責任を取ると言うなら、男・星野らしくスッパリ身を引いて、高飛車な評論も含めて引退して欲しいものだ。ましてや来年の WBC の監督とか冗談でしょ?という感じだ(まぁ引き受けそうな気はするけど…)。

ただ、野球に関しては星野だけの問題ではなく、プロ野球界も本気で五輪に対して協力するならするで、五輪期間は中断するなどして選手選考でチーム間の不利をなくし、準備期間もとるべきだったろう。「五輪も(とりあえず見せかけだけは)本気だけど、ペナントレースも続けまっせ」みたいに、二兎を追いかけるから一兎も得られないような状況になるのだ。男子サッカーもプロ野球も

日本的中途半端で、日本的戦いにこだわった結果がコレ


だ。中途半端に戦って勝てるわけがないのは、とっくの昔に判ってるはずなのに…ましてや「JAPAN ならではの戦い」とかアホみたいなことを言ってるから負ける。負けるべくして負けた。戦う前から負けてる。野球なんか中途半端に協力するくらいなら、いっそ MLB みたいに「五輪?はぁ知らねーよ」でも良かったと思うんだよね。まぁ、日本人は無駄にオリンピック志向だから仕方ないのかもしれないが。

さらに酷いのはマラソンだ。400m リレーでの銅メダルでかき消そうとしているが、陸連のどうしようもなさは目に余るだろう。女子も男子も欠場、棄権が相次いだ上、補欠選手の用意も全くしてないとは…危機管理も何もなさすぎで情けなさ過ぎる。

マラソンは、既に男子は世界のトップレベルのスピードについていけなくなっていて、もう二度と日本がマラソンのトップに君臨することはないだろうし、女子も同じようになるだろう。それでも、欠場しまくりで補欠選手も用意してない、最初から完走も危うい状態の選手を出すとは、本当に勝つ気があったとは思えない。

ま、どの世界においても「率いる人間(組織)が無能では勝てない」ということだ。それが如実に表れた五輪での日本だったように思う。メダル数が減っただのというが、今の日本の国力そのものを現しているとも言える。あらゆる面で、日出づる国は今、夕陽となりつつあるのだから…